016 無骨な野菜パネとリースリング

Copyright:モーセルヴェ 伊藤 歩

アルザスワインは、シルヴァネール(Sylvaner)の飲みやすさから入り、ゲヴュルツトラミネール(Gewurztraminer)のスパイシーさとライチの香りの高さにクラリときて、ピノ グリ(Pinot Gris)のたっぷり感にも誘惑されつつ、結局は辛口でクールビューティーなリースリング(Riesling)に落ち着くというのがよくあるパターンですが、例に漏れずかくいう私もその1人。
結局最後は天狗舞ならぬリースリング。

よくできたアルザスのリースリングはそれはそれは美しいものですが、無性に飲みたくなるのは年に3回ほど。
その理由を考えてみると、やはり食事との相性の難しさではないか、と。
アルザスワインは独特の南国フルーツの香りの高さが特徴ですが、特にリースリングの質のいいもの、古いものなどは、ここにガソリン、タールの香りがプラスされます。
ガソリン? とショックを受ける方も多いかも知れませんが、1つのワインの香りの要素であって、味そのものがガソリンではないのでご安心ください。
しかし、このガソリンと食事は難しい…。
白身の魚やマスなどの川魚と相性がいいのですが、お肉とは難しいし…。
アルザスの三ツ星レストランのワイン リストを見るとアルザスワインの品揃えはまあまあで、それよりもブルゴーニュ、ボルドーの品揃えがすばらしいのも、なるほどうなずけます(魚だけで食事を通すわけにいかないこともあるでしょうが)。

話は変わって。
皆さん、パネ(Panais)という野菜をご存知でしょうか。
しなびた短い大根のような様相がどうしてもおいしくなさそうで、今まで手に取ることがなかったのですが、ある日とうとう購入、それ以来この野菜のとりこです。
味はさつまいもと根セロリを足して2で割った感じでしょうか。
甘くって、ちょっとアニスのようなさわやかな香りがして、ポタージュによし、ゆでてピューレもよし、オリーヴオイルでいためてもよしのじゃがいものような勝手のいい野菜です。
見た目で判断はよくないですね。
野菜とワインの相性がなかなか難しいことは前号でも書いたとおり、この野菜も難しいんだろうな、とむしゃむしゃしながらピーンときたのがアルザスのリースリング!
早速すずきにライムの皮としょうがを散らしてポワレ、パネのピューレを添えていざテイスティング。

Trimbachはアルザスのトップの作り手の1人ですが、他のアルザスワインが残糖度を高める傾向にある中、彼らのつくりは辛口でナイフのような切れが特徴です。
たっぷりした印象の1999年、レモンコンフィ、洋梨、フレッシュな青りんごのひそやかな果実香にチェルシーのようなバタースカッチのこってりした香り、コリアンダーの青いハーブ香、ちょっと空気に触れさせると、そこの方からガソリンとタールの香りが立ち上がってきます。
アルザスワインは若いときにはソリッドな酸があるのですが、1999年は程よく熟成しているので、するりとした飲み口。
すうっと走っていくような涼しげな酸にレモン、グレープフルーツ、蜂蜜、ひそやかで上品なガソリンの香りが全体をキリッと締めます。
飲んでいるうちに自然に背筋が伸びる高貴さ。
お値段は17.50ユーロ。

さて、すずきとの相性はもちろんですが、やはりパネとの相性は予想した通り。
パネのひねた香りとリースリングのガソリンの香りの相性よし、ピューレのベタベタ感をワインがさっぱり洗い流して、食感の相性よし、ぜひお試しあれ。
しかし、パネは戦時中に食べられてその後姿を消し、最近になってリバイバルで復活した野菜。
普通の八百屋さんにないことが多いので見つけたときに即購入しましょう。