440 こんなことってあるかしら!

寒い冬の夜、我が家のドアのベルが鳴りました。
相方(水野)がインターホンに出ると、女性の声で「こちらがフルールドクールですか?」と訊ねられたとのこと…。

アパートの地上階でお待ちいただいて、僕が下まで降りると、真っ赤なコートをお召しになった白髪のご婦人が立っていらっしゃいました。

我が家を訪ねてくださった理由を伺うと、実は以前、フランス南西部にあるサン ジャン ド リュズ(Saint Jean de Luz)の町を旅した時に、バスク織りの美しさに魅せられたとのこと。

そして、エプロンを新調するのに際して、バスク織りのものを買おうと思い、サン ジャン ド リュズにある製造元に電話をかけたところ、パリではフルールドクールというお店が取り扱っていると教えてもらったとのことでした。

そのため、地図を片手にわざわざ我が家を訪ねてくださった…という訳です。

しかしながら当店は、日本向けにお品物をご紹介している会社…。
フランス国内向けには販売していないのです。

「すみません…。当店はインターネットを通じて、日本のお客様にお品物をご紹介している会社でして…」

「あらそうなの…。残念だわ…。でも、仕方ないわね…」

そうおっしゃって、お帰りになる彼女。
ただでさえ寒い夜なのに、その後ろ姿を見ていたら、本当に申し訳ない気持ちになりました…。

彼女を見送って部屋に戻り、このことを相方(水野)に話すと、「じゃ、あげたら?」の一言。

その言葉を聞くと同時に僕は部屋を飛び出して、彼女を追いかけました。
そして、駅へと向う坂道であの真っ赤なコートを見つけ、もう1度、我が家まで来ていただくことにしたのです。

なお、あいにく当店には、たった2枚しかエプロンがなかったのですが、それをご覧になってお顔が明るくなった彼女。

「あら、これ、良いわね」

「そうですか、じゃ、それ、差し上げます」

「えっ?」

「私達からのプレゼントです」

「えっ! そんな…。あらま~、でも~、どうしましょう…」

「よろしければ、是非どうぞ!」

「もう~、こんなことってあるのかしら」

そのちょっと困ったような、でも、嬉しそうなお顔を拝見し、相方(水野)も僕もニヤニヤ。
エプロン1枚でそんなに喜んでいただけるなんて、私達も嬉しくなりました。

彼女のお名前は、アン マリー グラヴェルさん。
赤いコートに赤いバッグ、そして美しい白髪がお似合いの上品なご婦人でした。
お住まいは、セーヌの川向こう、モンマルトルとのこと。

これも何かのご縁。
新年早々、こんな出会いもあるのだな~と、何だか嬉しくなる出来事でした。

バスク織り(ティッサージュ ド リュズ:Tissage de Luz)