522 旅先で冷や汗…

夏休みに、家族揃ってフランスのブルターニュ地方を旅しました。

楽しかった旅の様子は、当店の日記「今日のパリ」に綴りましたが、ここでは、冷や汗をかいた出来事をお伝えしたいと思います。

それは、ロクロナン(Locronan)という小さな村から、カンペール(Quimper)、オレー(Auray)の町を経由して、キブロン(Quiberon)へと向かった日のことでした…。

ロクロナンの村からカンペールの町に行くにはバスを利用しますが、本数は1日に3便、所要時間は約30分になります。

私達の計画では、カンペールの駅でオレー行きのTGV(フランスの新幹線)に乗るつもりでしたが、もともと、バスとTGVの乗り継ぎ時間は15分程しかありませんでした。

しかし、フランスの田舎を走るバスは、10分、15分と遅れることも珍しくありません。
また、たとえ予定通りであったとしても、幼い子供2人と大きな荷物を抱えて、バスターミナルから駅のホームへの移動に手こずれば、乗り遅れる心配もありました。

なお、乗り遅れてしまった場合には、手数料を支払えば次の(約3時間後の)TGVに乗ることもできます。

しかし私達は、今日の目的地であるキブロンに、どうしても予定通りに到着する必要があったのです。
なぜならば、今晩、私達が泊まるホテルまで、友人家族が会いに来てくれることになっていたからです。
彼らは、150キロ離れたナント(Nantes)の町から、夕方のほんの数時間を一緒に過ごすためだけに、わざわざ出かけて来てくれることになっていました。

さて、ロクロナンの村でバスを待っていましたが、予定時刻を15分過ぎてもバスは来ません(この時点ですでに乗り継ぎ時間がゼロに…)。
私は気が焦り始め、子供の無邪気な話にも、相槌を打つことができなくなっていました。

そして、予定よりも20分遅れてバスが到着。
しかし、バカンス真っ最中のこの時期、50席ほどあるバスの座席はすでに満席に近い状態でした。
恐らく、普段よりも多くのお客さんがバスを利用するため、各バス停での乗り降りに時間がかかったのでしょう。
さらに、バスの車体の中(床の下)にあるトランクルームも満杯で、私達の荷物やベビーカーを入れる隙間もありませんでした。

バスに乗り込んだ私達に、「まだ8席空いているはずだから早く座ってください! 発車しますよ!」と運転手さんが叫びました。
しかし、すでに乗っていたお客さんが連れている赤ちゃんや小さな子供も座席を使っていたからでしょう、ロクロナンの村から乗ったお客さんのうちの数人は、座ることができず、立ったままでした。

そして、車内はすでに緊迫したムードに…。
私達と同じように、カンペールの駅でTGVに乗り換えるお客さんが少なくないからです。

「もう、間に合わないよね…」
「変更や払い戻しはできるの?」
「次のTGVは3時間後だよ…」

そんな会話が、バスの車内のあちこちから聞こえてきます。

さらに悪いことに、突然強い雨が降ってきて、バスの窓ガラスを音を立てて打ち始めました。

バスの運転手さんは、それでもいつもよりスピードを出して、TGVの乗り継ぎに間に合わせようと頑張ってくれているようでした。

その時です…

「急病人です!」

バスの中ほどに座っていた若い女性が、全身のけいれんを起こしました。
身体が硬直し、白目をむいて、座席からずり落ちる彼女をどうすることもできず、周りのお客さんも騒然となりました。

運転手さんはバスを路肩に停め、女性の様子を見に来ました。
救急車を呼ぶかどうか、判断を迫られる状況です。

しかし幸いにも、すぐに女性は意識を取り戻し、フラフラとしながらも立ち上がることができるようになりました。

「どうしますか、少し外の空気を吸いますか?」

運転手さんはバスのドアを開き、女性はいったん外に出ました。
そして再びバスに乗り込んで、ほどなくバスは出発しました。

TGVが時間通りに発車するならば、すでに絶望的に遅れています。
バスの運転手さんは、カンペールの町中に入ってからは、いつもは停車するはずのバス停を通過し、TGVに乗り換えるお客さんを優先するために駅へと急ぎました。

カンペールの駅のバスターミナルにバスが着いたのは、TGVの発車時刻とほぼ同時…。
しかし、私達は偶然にも車体の中(床の下)にあるトランクルームに荷物を入れていなかったので、バスのドアが開くと同時に駅のホーム目がけて走り出すことができました。

身軽な若者数名に続き、子供2人と大きな荷物を抱えて全力疾走。
階段を上り下りしている間に、TGVの発車を知らせる笛がホームに鳴り響きました。

駅員さんが駆け込み乗車を遮ってTGVのドアを閉めるサインを出す瞬間、階段を駆け上がった私と目が合いました。
そして、私より前にTGVに飛び乗った若者と私は、

「このTGVに接続するはずだったバスが遅れて到着したのです。車内で急病人が出て…。まだ後から何人か来るはずです…」

と訴えると、駅員さんも厳しかった表情を一変させ、発車を遅らせる決断をしてくれました。

間一髪とは、まさにこういうことを言うのですね。
きっと、私もすごい形相だったと思います。

そして、ほんの少しの時間を置いて、TGVは発車しました。
バスに乗っていた皆さんが、無事、TGVに乗り換えることができたでしょうか。
トランクルームから荷物を出すのに手こずった人もいたでしょう。
初めからあきらめて、切符の変更や払い戻しのために、駅の窓口に向かった人もいたでしょう。
バスの中でけいれんを起こした彼女は大丈夫だったでしょうか…。

そして、冷静にバスを運転し、急病人に対処してくださった運転手さん。ありがとうございました。
お陰で私達は、予定通りにキブロンの町に到着し、友人家族と会うことができました。