407 お気に入りを探しに

今日も朝からきれいに晴れた。
移動性の高気圧の中心がフランス北部にあり、パリの街はすっぽりとそれに覆われているからだ。

サン ジェルマン デ プレにあるアパルトマンの部屋で、彼女はいま、開け放った窓から吹き込んでくる風を受け止めていた。
建物の6階にあるその部屋は決して広くはないけれど、とても落ち着いた雰囲気で、住み心地は良さそうだった。

一昨日の夕方にシャルル ド ゴール空港に到着し、そのままパリ市内へと移動して、短期貸しのこのアパルトマンに入った。
そして、簡単にシャワーを浴びた後、すぐにベッドに入り、翌朝までぐっすりと眠った。

昨日は、日本から持ってきた荷物を整理したり、部屋の中を掃除したり、備え付けの寝具やタオルなどを洗濯して過ごした。

そして今日は、朝起きてコーヒーを淹れて飲み、先ほどから窓の近くに置かれたテーブルの上で、乾いた洗濯物をたたんでいる。

大きさや色の異なるタオルは、どれもみな厚手で心地良さそうなものだった。
顔を近づけると漂ってくる洗剤の香りは、彼女が普段東京で使っているものとは明らかに異なる、異国のそれだった。

彼女は、これからの約1か月間を、この部屋で過ごすことにしている。
パリに来て、何をするわけではないけれど、できるだけのんびりと過ごしたいと思っている。

今日も、特に用があるわけではない。
このまま夕方まで、静かな部屋の中で過ごしてもいいし、アパルトマンの前の道を北へ向ってセーヌ河岸まで歩き、そのまま河に沿って散歩してもいい。

彼女は、たたみ終えたタオルを持って浴室まで行き、戸棚の中にそれを戻した。

そして、浴室の隣りにある小さなキッチンの前を通った時、今朝コーヒーを飲んだ時に使ったカップが、ふと目に留まった。
コーヒーを飲んだ後に水で洗い、水切りかごの中に置いておいたものだ。

このカップも部屋に備え付けられていたものだが、手に持った時の感じや、カップに口をつけた時に伝わる厚みに、少しだけ違和感があった。

そして、たったいまカップを目にしたことをきっかけとして、今日はお気に入りのコーヒーカップを探しに行こう、と彼女は思った。

パリの左岸、セーブル バビロンにある老舗デパートに行けば、気の利いたカップがたくさん並んでいることだろう。

また、アパルトマンの近くにあるスーパーマーケットに行けば、すでに普遍的と言っても良いほどのカップがあるに違いない。

さらに、川向こうのマレ地区に出かければ、小径の奥にひっそりと佇む雑貨屋さんで、お気に入りのカップを見つけることができるかも知れない。

彼女は身支度を整えて、部屋を出た。
薄暗い螺旋階段を下まで降り、表へと通じる大きなドアを開けて通りに出ると、頭上には真っ青な5月の空が広がっていた。

そして、降り注ぐ陽ざしの透明感や、どこからともなく吹いてくる風は、本当に心地良いとしか言いようがなかった。