271 彼女の夏の終わり

彼女の乗ったTGVは、予定通り、南仏アヴィニヨン(Avignon)の駅に到着した。

アヴィニヨンは歴史ある町で、その旧市街地は世界遺産にも登録されている。
また、アヴィニヨン周辺はプロヴァンス(Provence)と呼ばれ、青々と広がるオリーブ畑やぶどう畑、宝石のように美しい村々が点在する、光に満ち溢れた土地だ。

彼女は、駅前でレンタカーを借りた。
いくつか並んだ車の中から選んだのは、イタリア製の小型車、色は鮮やかなオレンジ、バルケッタ(barchetta:小舟)と呼ばれるそれは2人乗りのオープンカーだった。

彼女は荷物を助手席に置き、エンジンを始動し、そして走り出した。
これからの3日間、彼女には予定らしい予定は何もない。
ただ、夏の終わりのプロヴァンスを楽しみたくて、出かけてきた。

車を南へと走らせながら、この3日間をどのように過ごしたらいいだろうかと考えた。
ゴルド(Gordes)の村に登ってリュベロン(Luberon)平野を眺めてもいいし、フランスで最も美しいと言われるユゼス(Uzes)の町を散歩してもいい。
エクス アン プロヴァンス(Aix en Provence)まで足を延ばし、町はずれの丘の上から雄大なサント ヴィクトワール山(Montagne Sainte Victoire)を眺めるのもいいかも知れない…。

彼女は、国道570号線を南へと向かい、アルル(Arles)の町を目指した。
途中、寄り道をしてフォンヴィエイユ(Fontvieille)の村を通った時には、静まり返った村の中に、ジッ、ジッ、ジッという蝉の声だけが盛大に響いていて嬉しかった。

アルルの町をそのまま通り過ぎた彼女は、さらに南へと伸びる地方道36号線へと進んだ。
そして、両側に沼地だけが広がるカマルグ湿原(Camargue)の中の細い道を走り続けると、やがてその道は砂の中に消えるようにして終わった…。

彼女はそこで車を止め、エンジンを切った。
その途端、辺りは静けさに包まれ、時折、海風だけが穏やかに吹いた。
そして今、彼女の目の前には、フロントガラスいっぱいに夏の終わりの真っ青な地中海が広がっていた。

FIAT barchetta